3歳の長女は日に日に出来る事が増えて、頼れる存在になってきました。
本人も1人で出来るって事がとっても嬉しいようで得意げです。
次女はまだお手伝いが必要な事が多いので、長女が自分の事をしてくれるのはすごく助かるのですが、そんな事もできるの⁈って成長に驚く時があって。
そんな姿が微笑ましくもあり寂しくもあり、「自分で出来るけママ(お手伝いしなくて)いいよ」って言われた時、思わず「えーお手伝いさせてよ」って言ってしまった自分に、子育てが永遠には続かない事に気付かされました。
朝起こさなくても1人で起きるようになって。
ママ食べさせてって言わなくなる日が来て
食べこぼしを片付ける事もなくなっていく。
抱っこしてって泣かれては家事を中断する事もなくなるし
手を繋いで歩くのもきっとあと数年。
ママお散歩行こう、ママ公園へ行こうが、お友達と遊んでくる!に変わって
一緒にお風呂に入るのも終わりが来る。
寝る前に絵本を読むのも、お腹トントンしてってすりよってくるのも、もう少ししたらなくなって、ぎゅうぎゅうで窮屈に感じてるベットがやけに広くなる日がくるんだろうな。。
温かいものを温かいうちに食べるとか、味わって食べるとかそんな贅沢な気持ちはご飯と一緒に飲み込んで、ゆっくり湯船に浸かるとか、お風呂上がりのボディケアとかそんな贅沢な気持ちは泡と一緒に流しちゃうような毎日に時々ため息をついてしまうけど
数年後の私はきっと、温かいご飯をゆっくり味わって食べながら、ちょっと物足りなさを感じたり、湯船にゆっくり浸かった後ボディケアをしながら、ちょっと寂しい気持ちになるんだと思う。
1人で身軽に掃除機をかけながら
掃除機の音に泣く次女を抱っこしてかけてたこと、長女ちゃんがやる!って言って、自分より大きな掃除機に振り回されながらかけてくれる長女の姿を思い出して泣きそうになるのかな。
めちゃくちゃな食卓も、ドタバタなお風呂も、3人がかりの掃除機かけも、全部今しか味わえない事で、それって実はすごく贅沢な時間なのかもしれない。
ゆっくりテレビが見たい、お風呂に入りたい
1人でぼーっとしたい
ホッと一息自分の時間が欲しい
そんな、子育てしてると出来ないアレコレ。
でもそれは無い物ねだりで。
あと数年後、数十年後
子ども達がこの手を離れ自由な時間を手にした私は、きっと今の私を羨ましく思うんだと思う。
朝から晩まで子どものペースで
怒ったり泣いたり笑ったり感情が大忙しの
賑やかで騒がしくて落ち着かない
今の私が時々しんどくなってるこの日常が
とても愛おしくなるんだと思う。
わっちゃわちゃな毎日にいると、大変・疲れた・忙しいって言葉で片付けてしまう色んなこと。でもその全てが、気付いたら終わりを迎えていて、かけがえのない瞬間の連続だったと振り返るはず。
その事を忘れないで、見失わないでいたい。